今月も
終わろうとしている。心の中にふきすさぶ寂しさは、そんな簡単に癒えるものではない。だからこそ、あえて忙しくしようと努めているのだが・・・ふとしたことで悲しみがこみ上げてきてしまう。しかし、いつまでも悲しんでいると故人は成仏できないそうな。だからこそ、寂しさを抱えながらばたばたしなくては。
本気で楽しめるようになるまでには、もうちょっとだけ時間がかかります。こればっかりは仕方がない。
終わろうとしている。心の中にふきすさぶ寂しさは、そんな簡単に癒えるものではない。だからこそ、あえて忙しくしようと努めているのだが・・・ふとしたことで悲しみがこみ上げてきてしまう。しかし、いつまでも悲しんでいると故人は成仏できないそうな。だからこそ、寂しさを抱えながらばたばたしなくては。
本気で楽しめるようになるまでには、もうちょっとだけ時間がかかります。こればっかりは仕方がない。
人の進路に余計な口出しは一切しなかった。本当に自由にさせてくれた。
私は父の跡を継がなかったが、その事についても「お前はむいてないんだから、どうせならやりたいようにやれ。」とだけ言い、その後は黙っていた父。
ようやくちょっとだけ芽が出た時には「遠回りしたが、近づいているんだな」と言い、家から持参した本の奥付だけをじっと見て、黙って本を閉じた父。
きっと、実はすごく案じていてくれたんだと思う。でも、信じてくれていたんだと思う。
父の息子であることは、私の誇りであり続ける。
父は2日間家に安置され、その後は通夜〜告別式〜初七日のコースを終え、家に戻ってまいりました。
参列いただいた皆様には、改めてここでささやかに御礼申し上げます。
あまり湿っぽい文章を書いても何なので。
父はワインとビールとわんこと家庭をこよなく愛しました。そんなわけで、父の遺体の前にワインとビールを供えていたのです。ビールはお気に入りの一番搾りをロング缶で。ワインの好みは特になかったのですが、フランスとイタリアのやつをよく買っていたので、ボルドーとキャンティを一本ずつ。
告別式で、兄弟3人でワインとビールを盛大に父にかけてあげました。倒れてからもたまに「ビール飲みたい」「ワイン飲みたい」と言っていた父。こうするのも供養だと思ったのです。
そして涙ながらに出棺し、斎場に移動して。荼毘に付す前に最後にお顔を見ようとしたところ・・・お棺からは、半端じゃないアルコール臭が・・・。
一家で、こっそりと言い合いました。「いくらなんでも、入れすぎたかねえ?」
個人的な話ではありますが、祖父・祖母を看取ってきました。
祖父の時は偶然にも(その際に病院まで送ってくれた師匠には本当に感謝)祖父の死に目に立ち会うことができ、祖母の時は胸騒ぎがして、深夜に病院に向かって看取りました。
そして今日(いや、もう昨日)、父が旅立ちました。
父の思い出についてはまた改めて記させていただくとして、父の死に目には立ち会えませんでした。
父はこの1年間ずっと病床に伏せっており、正直に言いますと、私は母の次に病院で、実家で、父につきっきりでした。
母がいつも側にいるのに、父は私にばかり後々のことやら何やらを指示しようとして、うまく伝わらない時には私の頭を容赦なく叩きました。殴られながらも、私は父の言葉を聞き、願いを叶えようと努めました。だって、それしか私にできることはなかったのですから。父からすると、私にしか伝える相手がいなかったからかもしれません。私がまがいなりにも家庭を築いているからそうだったのか、あるいは母がこのような事態に対処できないということを知っていたからなのか、それは分かりません。ただ事実としてあるのは、父が私に指示をしようとし、うまく伝わらない時には私の頭を容赦なく叩いた、そのことだけです。
また、もうひとつだけ強烈に覚えていることがあります。入院していた時、父がトイレに行きたがるので看護師さんを呼んだところ、トイレに移すのに2人必要なのに、その時いらした看護師さんは1人だけでした。そのため私がトイレへの移動を手伝ったところ、便座に座った後に父は猛烈に怒り出したのです。「ふざけるな、お前あっちへ行け!」と。
それから私は、父が自宅療養になってからも、絶対にトイレの世話は手伝いませんでした。ヘルパーさんがいたからというのもありますが、見られたくない姿は私に見せなくないという、父の意思を尊重したかったのです。
父が亡くなる前の晩にも、私は実家にいました。鎮静剤の効果もあり眠ってばかりだった父に、私は「明日も来るからね」と言い残して、家に戻ってきました。
それから数時間後、母から電話がかかってきました。容態がおかしくなっているというのです。しかし同時に、医師の見解では「今夜ではないだろう」ということでした。
正直、私はすぐに実家に向かおうか迷いました。ただし、こうも思ったのです。
父が伝え足りないことがあるのなら、私がまた実家に行くまで待っていてくれる。自分のいまわの姿を見せてもいいと思っているのなら、待っていてくれると。逆に、もう心残りがないのなら、父は安らかに眠りにつくはずだと。自分の見られたくない姿を見せたくないと思っているのだったら、と。
そして、急変した時にはまた電話して欲しい、と母に伝えました。
父は、私にすべてを伝え終わっていたのかもしれません。あるいは、私が一度、見られたくない姿を見ていたから私にはその姿を見せたくなかったのかもしれません。今朝、母から残念な連絡を受けました。私はすぐには泣けませんでした。父が私を待たずに亡くなったということを、「後のことは任せた」ということだ考えたのです。
実家に着いてからは母を支えつつ、同時に、あまりにも丸投げにしている母に怒りつつ(すみません、所詮は親子なのです。遠慮せず言えるのは親子の特権だとさせてください)、私はできることをしてきました。着替えを手伝い、母や兄弟と共に葬儀やら何やらの内容を決め、親戚などの弔問客には挨拶をして応対し、その合間を縫って父の知り合いに電話をして葬儀内容のファクスを送り、線香を灯し。父の肩を摩り、おでこをぺちぺちし。
亡くなる人との距離が近いほど、そして託された役割が大きいほど、素直には泣けないのかもしれない。そう思いながら(もちろん、合間合間に泣きながら)、長い一日を終え、かといって実家に泊まり込むわけにもいかず、帰ってきました。
帰りがけに、涙ぐむ相方とコンビニでビールを買い、家の近くの公園で献杯してビールを一缶の半分だけ(あとの半分は父の分です)飲んだ時に、ようやく素直に泣くことができました。ようやく。
でも、まあ、父からいろいろと頼まれているからね。
突然だが、我が家はわんこを愛して止まない。
お互いに実家ではわんこが途切れたことがなく、実家に帰る度にわんこを愛でて愛でて愛でまくる。
友人のわんこを預かった時には、二人してわんこの世話に没頭した。
そんな我が家なので、二人でわんこを飼おうと決心するのに時間はかからなかった。
犬種についても既に検討済みである。勝手に名前だけは先に決めてある。
しかし、最大の問題が。我が家が入居するアパートはペット不可なのだ・・・。
だがしかし、来年早々に我が家は更新を迎える。
このタイミングで交渉して、わんこを飼うという幸せを勝ち取らなくてはならない。
そして、相方(勤続ウン十年、交渉という交渉を乗り越えてきたツワモノ)がこの任を担うことにあいなった。
ごーごー相方!我が家の2012年の運勢は、君にかかっている!!
つづく
楽しい週末の後には、月曜がやってくる。
前日までにリラックスした心を再び凍り付かせて満員電車に揺られ、会社に着くと・・・週末の間無人だったオフィスには、冷気が漂っている。おまけに、節電のためにオフィスのエアコンは20度設定という、勤め人には拷問でしかない労働環境が待っているわけでございます。
(まあ、煙草を吸う自分も悪いとはいえ)末端冷え性のわたくしには、あまりにも辛い。昼休みまでの間、真剣にボーナスでオフィス用にフットバスを買おう、と思ってしまいました。ちなみに、相方にフットバスをクリスマスプレゼントとして所望したところ、本当に優しい目で諭されました。
昼休みに入ると金正日の死去が報じられたり、夕方には銚子沖で起きた地震の揺れを感じてしまったり、本当に今日は油断ならない日でした。でも、私の勤務先では皆淡々と仕事をしているわけです。週明けということに加えて、これだけ動転しまくる世界の中にいながら、世界の動きとは関係なく業務を行う人々、そしてそのような場。前職について触れるつもりはありませんが、それってどうなの?と思ってしまう自分がいるのでした。
会社の非常階段から道を見下ろしていると、車のヘッドライトの間を縫って進む、あるいは並んでゆっくりと動く傘の姿がちらほらと。
ふと「ああ、クラゲのようだ」と思った。
もっと高いところから見下ろしていたら、多分ミジンコのように見えるんだろうな。
その時に改めて思った。こういう些細な光景がどのように見えるかが、自然との距離であったり、町との距離であったり、そんなものを決定づけているんだと。
今年に入ってこっそりと音楽環境を整備し、これでしばらくはリスニング無問題!とうかれていた我が家に、新たな刺客が到来しました。師匠からもらってしまった、往年の名機なDJミキサー。
「ある意味ジャンクだから、あげるよ」ということでしたが、配線して音出しをすると、いやいやなんのなんの。ばっちりじゃないですか!というわけで音遊びに拍車がかかる・・・かと思いきや。
我が家の音楽環境がリスニング寄りになっているだけに、DJミキサーを通して出る音が気になってしょうがない。よくいえば大胆になっている、悪く言えば大味になっているのが(私のあほな耳でも)はっきりと分かってしまうのです。
これはその、ターンテーブルやら何やらを買って、こっそりとDJ用のシステムを組んでしまうしかないということですかね?幸いなことに、既に1台ターンテーブルがあるから、あと2台買えばいいってことですかね?
そんな野望から?ヤフオクを再び巡回し始めた今日この頃・・・。設置場所については、まあブツを入手してから考えますかね・・・。
ちなみに、(相方が見たら怒りそうだけど)我が家のオーディオタスクは以下の通り。
・D/AコンバーターでPCオーディオを本格導入
・NASでiTunesのライブラリを共有
イタリアのベルルスコーニ首相の辞任のニュースで、官邸から去る首相の車に罵声を浴びせるイタリア人の群衆を見て思ってしまった。
お前ら、1945年にも同じことをしているだろうに。
別にイタリアに限ったことではなく、群衆の心理なんてそんなもの。アメリカだって、オバマ大統領が就任した時の熱狂は今いずこだし、日本だって民主党が政権を取った時には同様ですね。さて、大阪市長選の結果やいかに?